このページは、葛飾区在住、足立区北千住で開業している弁護士小倉秀夫による、法律問題に関するQ&Aを掲載したものです。具体的なご相談やご依頼については、こちらのフォームをご利用ください。
翻訳エージェントである甲から、外国映画「乙」について新たな字幕翻訳を作成してほしいと依頼されて、外国映画「乙」についての字幕翻訳を制作し、納品しました(契約書は作成していませんが、一応、字幕翻訳作成に関する報酬はもらっています。)。甲の担当者からは、当初DVDに収録して販売する予定であるとの説明を受けていたのですが、その後いつまで経っても、私が制作した字幕翻訳を組み込んだDVDの販売元が決まったとかそういう連絡を一切受けていませんが、大丈夫でしょうか。
翻訳エージェントの仕事は、外部の事業者から所定のコンテンツについての翻訳の作成を請け負い、自社の従業員に命じてまたは外部のフリーランス等に委託して翻訳を作成させ、これを発注者に納品するのが主たる業務です。翻訳エージェント自体が、自らそのコンテンツを使用して商品を作るということは基本的にありません。
所定のコンテンツについて翻訳の作成を翻訳エージェントに発注した外部事業者(クライアント)としては、翻訳エージェントに当該翻訳にかかる報酬を支払っているわけですから、当然、その翻訳を使用して利益を得ようと考えます。もちろん、自社でDVD等の商品を作成して販売するという方法だけでなく、DVD等の商品の作成やテレビ番組としての放映・配信等でのその翻訳の使用を許諾するという方法で利益を得るということも十分考えられます。
もっとも、翻訳の作成を翻訳エージェントに発注したが、結局そのとき納品を受けた翻訳は使用されなかったという場合もあり得ます。① 他の翻訳の方が出来がよかった場合、② 商品を販売する計画がぽしゃった場合等です。とりわけ、過去にヒットした作品で、すでに当時作成された翻訳がある場合、一応新たな翻訳の作成を依頼し、納品を受けてみたが、すでにある翻訳の方がよかったという場合、従前の翻訳が使用されることになります(この場合でも、「すでにある定番の翻訳よりも質の面で凌駕すること」までは請負契約の内容に通常含まれないので、翻訳作成報酬は支払わなければならないのが通常です。)。
翻訳エージェントから依頼を受けてフリーランスの翻訳者が字幕翻訳を作成した場合、その字幕翻訳は、元のコンテンツの二次的著作物となり、その翻訳者がその字幕翻訳の著作者兼原始的著作権者となります。第三者の委託に基づいて翻訳を作成した場合であっても、当該第三者と翻訳者との間に指揮命令関係がなければ職務著作は成立しないので、翻訳者とフリーランス翻訳者との関係が請負契約に留まる限り、その字幕翻訳の著作者兼原始的著作権者はその翻訳者がなります。
したがって、発注元がこの字幕翻訳を使用した商品を製作する、または第三者にこの字幕翻訳の使用を許諾するためには、この字幕翻訳を使用する者が翻訳者から利用許諾を受けるか、翻訳者と使用者の間に立つ誰かが再許諾権を翻訳者から受ける必要があります。
そうすると、その字幕翻訳が適法に使用されるためには、翻訳者がその使用を許諾するか、第三者に再許諾権を与えるかしていないといけないということになります。理論的には、字幕翻訳を翻訳エージェントに納品したあとどこから何の連絡もない場合には、翻訳者としては、誰かにその使用を許諾したり、再許諾権を与えたりする機会すらないのだから、そんなことしていない、だから、誰も適法にその字幕翻訳を使用することはできないということになります。
ただ、裁判所は、コンテンツ事業者と実際のクリエイターとの間の紛争では、コンテンツ事業者を勝たせたがる傾向があります。契約書等がないのに、翻訳エージェントのスタッフが「電話で再許諾権を得た」と言えばこれを信用したり、そのコンテンツのDVDが販売されているということを知った上で翻訳者が特にアクションを起こさなかった場合、そのDVDに自己の作成した字幕翻訳が使用されているかどうかを知らなかったとしても、自己の作成した字幕翻訳が使用されることについて黙示の許諾を行ったと認定したり、口頭で明示的な許諾を行ったことを示す間接事実としたりします。
なので、字幕翻訳を納品するに際して、その字幕翻訳の利用に関し特段の合意がなされないまま何の音沙汰もない場合、字幕翻訳の作成を依頼してきた翻訳エージェントに、電子メールで、「あのとき納品した字幕翻訳についてどこからも利用許諾を求められていないのですが、どうなっていますか?」と問い合わせを入れた方がいいと思います。このメールが一本残っているかいないかで、裁判所としても、黙示の許諾や口頭での許諾を強引に認定することが難しくなります。